2023-04-25

俺がもっとも読者を意識した文章を書いていたのは小学生の時だ。

「将来なりたいもの」とか読書感想文とか、そういうやつ。

大人が喜ぶことばこそが正しいことばという認識のもと、必要とされることばを提示する喜び、確固たる正解のあるクイズを解く楽しみ。

クソみたいなことばの使い方だったと今となっては思うが、それがその時なりの俺の生き残り戦術だったのかもしれない。

そして俺は俺という読者のために書くという快楽を知り、

まだ見ぬ俺の親友に向けて書くという体で、せいぜい未来自分が読むだけの文章を書いている。

そうなると邪魔になってくるのが、いもしない読者を意識する自分で、

まり小学生の俺を殺し切れない俺がいて、

あの俺を抹殺できれば、なりたくもない職業に就きたい理由を懸命にでっち上げていた俺を、なんら心の動かなかった小説登場人物感情を無理くりひねり出していた俺を、単なる通貨としてことばを社会的機能でのみ使っていた俺を、完全に滅することができたなら、

それが俺の目指すべき本当の自由なんだろう。

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