まず電気をつけると橙色の明かりが広くない廊下を照らし、靴を脱ぐとスーパーの袋を床に転がす。
マスクをとってキッチンの横におき、袋から弁当を取り出し電子レンジにいれる。
セットは三分。
低く、静かな回転音を耳にしながらスマホを取り出し、ラインの相手を確認すると彼女から。
今日あったことを含め、三回に分けて来ていた。三つ目のメッセージは要約すると『今週末に行ってもいい?』という問いだった。
俺の指はすぐには動かない。
タップするのは縁の部分。
チン、と電子レンジの音がなる。
取り出し着替えもせぬまま蓋をとって食べ始める。唐揚げ弁当。三十パーセント引き。886kcal。食べなから俺は返信を考える。そしてスマホを置いて、食べながら左指で返信を打つ。
ごめん、仕事で忙しい。
彼女はそれで納得してくれるだろう。
嘘だ。
ただ自分が無精なだけで、一人で過ごしたいだけのこと。
それでも彼女は追及せず、納得して引いてくれるだろう。
この言い訳が恐ろしいほど融通が効くことを俺は働きはじめてからすぐに知ったが、同時に、だからこそこの言い訳が好ましく思えなかった。むしろ嫌悪していた。
仕事で忙しいなら仕方ないよね
融通が効くからこそ、それに頼るのは何か違う気がした。
三十を過ぎた今、この言い訳を俺は今までよりもずっと多く使うようになった気がする。
俺は賎しい大人になったのかもしれない。
俺は浅ましい男になったのかもしれない。
疲れているのかもしれない。送ってしまったラインを見つめながら、そんなことばかりを思う。
唐揚げの味は、それでも旨かった。