2018-11-27

必死になったことや努力した記憶がない

必死になったことや努力した記憶がない のちの状況を考えるに実際にはやってるんだろうけど・・・

多分やってるとき無我夢中記憶する余裕がなかったんだろうと思う。

「がんばって必死努力しました!」とか言ってる人見ると嘘くさく感じるし自分でもそう言えないのがほんとめんどい

この記憶がないってのが地味にやっかいで「なんで出来るのか、知ってるのかがよく分からない技術知識」があったり

「喜んでもいいような名誉対する実感」がなかったりする。

そのせいかよりどころのない技術知識はいつも不安を感じるし、自分に対する自身もないので何を始めるにもものすごく勇気とパワーがいる。

正直言って生きづらい

そして生きづらい中頑張るのは無我夢中自分、あとに残るのは自分を忘れた自分

周りは自分が知らない自分評価して、自信以上のことを任せてくる

つらい

もう昨今は自分の知らない自分を降霊させてなんとかさせるってのが普通になりつつあって怖い

毎度毎度降ろせるもんじゃいかやばい

  • 記憶にたよるからよりどころがなくなる。 式の展開はできるけど、なんでそうなるかは分からないみたいなやつだよね。

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん