後ろから大きな声。ビクッとして振り返ると、不自然にどぎついピンクの唇をした、Hさんが手を挙げていた。
「謝った方がいーんじゃない?」
今度は前。見ると、Hさんが嫌にニヤニヤしながら、そんなことを言った。
うちの学校の音楽の授業では、授業開始直後に、忘れ物をした人に挙手をさせ、名前と出席番号、忘れ物は何かを皆の前で言わせると言うルールがある。大勢の前で恥をかかせ、再発を防止すると言う意図があるらしい。
いかにも音楽の先生といった感じの、いつもしかめっ面をしている様なT先生が、Hさん達よりも大きな声で言う。
「…はい。」
私がクラス全員の前で頭を下げるのを見たHさんらの、くすくすと言う嘲笑の声を耳が拾った時、
胸の内を、深く切りつけられた様な、そんな気がした。切られた跡から、どろりと黒い液体が、ぼたぼたと零れ落ちる。黒い液の落ちた所には、焼かれる様な痛みが走って、深く、身体の芯に染み込んでいく。何故、他にも忘れ物をしている人が数名いるのに、私だけが大勢の前で謝らされなければならないのだろうと言う、ふっと湧いた何かを声にしようとすると、喉笛に黒い蛇の様な物が巻きついて、こみ上げる何かを押し込めるので、胸の内を這いずる澱みの様なものを吐き出せない。苦しい。
自分に都合の悪い事を言葉にして謝れるのが、社会人になって一番大事なスキルだと思うんだ。誰にでも失敗は必ずあるから。