12月の頭くらいに我が家の茶の間に迷い込んで来た蝿が死にそう。いやもしかしたら死んだかも。
夕方、部屋の片隅で仰向けになってもがいているのを見付けた。部屋は暖房が効いているから、寒さにやられたのではない。単に寿命なのだろう。一思いに殺してやろうかと思ってティッシュを構えて潰そうとしたけど、やめた。すごくジタバタしていたから。
もがく蝿を見て、自分が死にかけた経験数度を思い出した。絶望の中で、それでもまだ生きていたい死にたくないと思った。この蝿もそうなのだろうか、と思った。
蝿が茶の間に闖入してきて一ヶ月、最初は奴の事がとてもウザく、何度も叩き落とそう、外に追い出してやろうと試みたけれどもならず、イライラさせられたものだった。
だが数日ぶんぶん飛び回り続けられると、妙に愛着が湧いてしまっていた。ひとの手の甲に停まり、忙しなく顔を前足で擦ったり、手の皮膚をちろちろ舐めている姿が可愛く見えてきた。家族が奴を窓から追い出そうとするのを見て、ふと、
「いいじゃないか、たった一匹の蝿なのだし。今外に出したら凍えて死んでしまうよ」
と声をかけていた。
そうやって共存してきた蝿がついに死ぬ。いつかこうなるのは分かっていたが、少し淋しい。
私は、蝿が誤って踏み潰されないように、息を吹き掛けて部屋の隅に追いやった。