「あ、よろしければこれをどうぞ」
「結構です。それを受け取れば、私は“お返し”をしなければならない」
「いえ、そんなことありませんよ」
「でも、もし私が何もしなかったら、あなたは私をケチな人間だと思うでしょう。『あの時、俺はあなたにあげたのに』って」
「あのー……」
「本当に善意での行いなら、見返りなんていらないのだから、そんな発想は出てこない筈なのに。なんであなたが勝手にやったことをきっかけにお返しをするか、私がケチだと思われるかの二択を迫られなければいけない?」
「サンプル配布にそんな大層な……」
「サウナってさ、先に入っている人よりは長く居たいって気持ちにならない?」
「なぜだ」
「いや、なんとなく負けた気持ちになるというか」
「負けず嫌いでもなければ、ましてや決め事でもないのに、何と戦っているんだ」
「でもさあ、『我慢強くない人』って思われてるかもしれないと考えると、出にくいんだよ」
「自意識過剰だ。仮にそう思われてたとしても、大した理屈もない事柄なんだから気にする必要はない」
「じゃあ先に出てくれよ」
「俺、入ってからまだ1分も経っていないんだが」
「そこのお前、いったい何を」
「空気を掴んでいるんです」
「……空気を?」
「そして、この空気は自分の想い人もまた掴んでいるといえます」
「何が言いたい?」
「大した理屈だが、そのために不特定多数と握手するリスクをお前は背負っているんだぞ」
「お前の想い人も友達なのか」