すると何か騒がしい。スポーツをしてそうなスーツの男が、別の若そうな男の襟をつかみ、電車の外に連れ出していた。
原因は知らない。どうでもいい。エスカレーターの手前の場所で、その男二人は一触即発の状態になった。
自分は、その時はエスカレーターを降りようとしていたけれど、念のため一応その二人の様子を眺めていた。
顔見知りでもないし、どちらかに肩入れするつもりもない。もしこの直後でニュースで取りざたされるような事態にでもなったら、寝覚めが悪いからだ。
案の定、男たちが組合いを始めた。反射的にその間に入った。運よく、男二人を距離を離すことができた。
スーツの男の靴が脱げた。靴の裏までしっかり加工された高そうな靴だ。もう一人の降ろされた男は、悪態をつきながら電車に戻った。
スーツの男が、若そうな男を『電車から降ろせ』と叫んでいた。嫌だよ、んな面倒くさいことを。
誰も動かないことに業を煮やしたのか、スーツの男が靴を履きなおして、再度若そうな男を降ろそうと、電車に乗り込んだ。
そこで、やっと騒動を聞きつけたのか、近づいてきたホームに居た駅の人が男二人に声をかけた。
ここから先は、自分は関係ない。あとは駅の人に任せればいい。そう思って、自分はエスカレーターを降りた。
スーツの男も、若そうな男も身なりが整っていて、多分自分より金持ってるんだろうな。なのに、なんでそんなに簡単にキレてんだ。
700円で買った靴を履き、500円で買ったフリースジャケットを着ている自分は、そんなことを思いながら家への帰路に就いた。
頭の回転が速い人間のことを「キレるやつ」って言うじゃん? ヒントはそこに在る。
頭の回転が切れるのと堪忍袋の緒が切れるのを一緒にされたら世界は終わるで