「破壊を映像的な快楽として楽しむ人 = 映画を見る人」と考えると、それがある意味では陳腐なサクセスストーリーを必要とした理由かな、とおもうようになった。
「これは娯楽です」ということを言い訳として映像の中では破壊の限りを尽くす。メチャかっこいい。
そのへんに成功しそうな人おいておけば娯楽として楽しめる仕組みになる。
だってゴジラ見てる映画館の自分達は殺されないし。主人公優秀だしね。
わざわざゴジラみたいな恐怖映像を作りこんで、その一方で安心感を植え付ける。「これは映画だよ」と。
どっかの核施設は冷却に成功したのかどうかはしらないけど、ゴジラの冷却には成功したんだよね、どっかの世界線では。
わかるよ手放しで称賛したくなる気持ちも。