このエントリを読んでいて、大学のころに受けた教養科目の授業中に先生が話してくれたことを思い出した。
その先生も子どものころ、増田の言うのと似たような空想をしたことがあったという話である。
曰く、自分の周りであたかも意思を持って振る舞っている人間は皆、
自分の見える範囲・知覚の及ぶ範囲でだけその役を演じている役者にすぎない。
従って役者の意思については、それが存在すると信ずる理由はない、というものである。
上のエピソードは授業の内容と関係していたわけだが、その授業は何についてのものだったか。
当ててくれても別に賞品とかは出ませんが。
正確にいうと、家に帰ってから遊びにくる友達がロボットだと思っていた 学校に来るのが本体で、遊びにくるのは精巧に作られたロボット 記憶や性格まで本物そっくりに作られている ...
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