兄さん、僕はヨコハマに行きたいんだ。
と、僕が言うと、彼は言った。
けれどお前には左手がないじゃないか。
そんなんではヨコハマに行っても一人じゃ飯も食えまい。
確かにそうだった。
その時僕には左腕がなかった。
どうしてその時、僕はそんなことをしてしまったのだろうか。
僕は完全に忘れてしまっていた。
でも僕は行きたいんだ。
と言うと、
これを使え
と言いながら兄さんは
太った小男を僕にさしだした。
こんなものをどうしたらよいのだい
付ければよいじゃないか。
君が生まれてくる前、死んだおじいちゃんも良くやっていたよ。
コツはキュウリを食べさせてやることだ。
それにしても、なんで母さんはこんな冷蔵庫を買ってしまったのだろうか。
そうなってしまえば、僕は人より高い税金を払わなければならないじゃない。
まったくどうしようと言うんだ。
ただでさえ生活は苦しいというのに。
どうかそのわけを、ヨコハマに行ったら聞いて来ておくれ。
と兄さんは言って息を引き取った。
もちろん右手で食べた。
ばれたらまずかった。
どうしよう、僕はこれから一人で生きていかなければならないじゃないか。
僕の目から涙があふれ出した。
そうだ、この涙を水筒にためて、
水分補給のためにとっておこう。
僕はコツを探した。
キュウリがミソ、なんてね。
というと、左手の肩に接着した小男がけらけらと笑いだした。
やめてくれ。 と僕は言った。
本当にやめてくれ。僕は君みたいな見てくれの悪い奴に笑われるのが大嫌いなんだ。
僕は小男の頭をつかんで、強く引っ張った。
肩から抜けた小男は部屋の隅に転げて行くと、すぐに立ち上がって玄関から走り去って行った。
これではヨコハマに行けない。
行けないじゃないか。