空は奇妙な色に霞んでいた
仄かな光の粒子が空中に幾つも漂っていて、そしてその影響で、単純なグラデーションではない、まだらっぽい模様の色彩が空を埋めていた。それは茜色であり、オレンジっぽくもあり、黄色っぽくもあり、同時にごく薄い青色のようでもあった。僕はそんな空を見上げていた。
そして視線を下ろす。
僕の目の前には、たくさんの麦の穂が立ちふさがっている。
その所為で、僕はまともに正面を見渡すことすらできない。
というか、僕の周囲は現在麦の穂によって完全に閉ざされていた。左右も、背後も、全て、時折風に揺れる麦によって、塞がれている。僕の身長はとても低いのだ。
僕は、とりあえずその麦の穂をかき分けながらに歩こうとする。
でも、実際にはそんなことをする必要は無かった。
ぱきぱき、ぱきぱき、という、麦を折って誰かが歩いている気配が、どんどん近付きつつあった。
僕は、直前まで取ろうとしていた行動を止める。
しばらく、その麦の折れる音は続いて、やがて、僕の頭上に、一人の女の子が顔を出していた。
彼女は、光の加減で琥珀色に見える瞳で、僕のことを見ていた。僕が、彼女の方を見返していると、彼女は一度微笑んだ。
それから、彼女は僕が歩きやすいように、僕の正面を塞いでいた麦の茎を、根本の辺りで折ってくれた。
それで視界が開ける。
彼女が、ここまで歩いてきた分は、麦が倒れているお陰で割と視界を確保することができていた。
彼女は僕の方を暫く眺めていて、それから、何も言わずに、自分が来た方向へと振り返った。
そして、歩き始める。
ゆっくりとした足取りだった。
僕はそれに着いて行く。
きっと、辺りには麦の匂いが満ちわたっているに違いなかった。
でも、僕にはそれを感じることはできない。
風や、匂いを感じる為の器官が、僕には備わっていない。
そしてまた、彼女も。
でも、ひとまず僕は彼女のことを追うことはできていた。
僕が付いてきていることを、彼女は時折振り返って確かめていた。とりあえず、この麦の野を抜けるまでは、そうしてくれるのはとても有り難かった。