分かっている人には当たり前のことだけど賢さというのは要するに冷静さなんだよね。
賢さの尺度には色々あるけど結局冷静かどうかに行き着く。それ以外の賢さを考えることが不能なわけ。
別の言い方をすると、物事を正しく理解して、正しい答えを導くのが賢さだとするなら、
答えというものはありのままの姿が見えるかどうかにかかっているから、学力や知能指数は本質的ではない。
見たまんまが答えなんだから、それを冷静に受け止められるかどうか、それが本質。
バカには二種類いて無思考バカと過思考バカ。無思考バカはレッテルを貼る。過思考バカは細かいことに拘る。
両方ともありのままの真実を素直に受け止められないから、そういうことになる。
こういうことがなるほどその通りだねーと分かる人と、何のことかさっぱり分からない人と二通りいるんだよね。
遺伝とか幼少期の成育環境とか、そういう部分で強く決まっているんじゃないか。
さっき本質という言葉がでてきたけど、本質が見えるのが賢さという言い方もできる。
先ほどの無思考バカは決まったときに決まったものを決まった角度でしか見ない。ロボットみたいな人間。
過思考バカは全部考えようとする。といってもたいていはしらみつぶしじゃなく、めぼしいものをえり好みしている。だから中途半端なんだよ。
本質が見える人はそのどちらでもない。必要なものだけを見て、必要なことだけしかしない。
見ているものは同じなのにそれに対する反応が三者でまったく違う。
無思考バカ「こうに決まってる!」 過思考バカ「あれがああでこれがこうであるからして」 本質みえる人「見たまんまこう」
冷静さというのはそういうこと。いくら知識あってもいくら賢く言葉を重ねて思考しても、真実には一致しない。見たまんまが唯一の答え。
知識や思考を真実みて答え合わせしないといけないのに、冷静さがないと答え合わせができない。
答えのないまま知識や思考を積み重ねるから人生失敗するんだよ。それが過思考ってこと。
百分は一見にしかずって言うでしょ。一を聞いて十を知る思考力もいいけど見たまんまを冷静に受容できるかどうか。
何も見えないまま落ち着きなくあがいている人が多すぎるんだよ。
おまえはその虫公バカとやらと同じだけどな