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名前を隠して楽しく日記。

2017-03-28

http://anond.hatelabo.jp/20170327190718

そうだな。抜けた穴より有能な代わりが入ってくればな。

gitの使い方がわからない

教えて

http://anond.hatelabo.jp/20170328143916

実際に死んで復活したキリストは最強ということだな

死を経験したこともないのに死を語る宗教

喧々主義からしたらクソ雑魚ナメクジ

童貞が語るセックス

大関心事の10分のニュースは、1,000人月分の損失を招く

国民の多数が関心がある事柄について10分のニュースが流れたとしよう。

それを100万人が見る。そうすると、

10分 * 100万人 = 1000万人分 = 16.7万人時

消費される。1日8時間換算で計算すると、

16.7万 / 8 = 2.1万人日

1ヶ月20日換算だと

2.1万人日 / 201000人月

10分のニュースでこれだぞ?

重大だが糞な事象なので、損失な。

一方予算委員会でも1,000万円/hourで税金が消費されているらしい。

小池さんの会見結構面白い

書き起こしが公式にあるのでテレビ見るよりこっち読んだ方がいいぞ。

http://www.metro.tokyo.jp/tosei/governor/governor/kishakaiken/2017/03/24.html

答えはイエスです。なぜ戦略かというと、戦略からです。

しか市場移転しろオリンピック予算しろ「いつまでに決めるの」という質問に一切答えてないのがすごい。

てるみくらぶという名前を聞いて

ネットアイドルてるみのファンクラブか何かだと思ったのは俺だけじゃないはず

息子と君が代

息子はもうすぐ5歳になる。

私は母親で、息子と毎日遊ぶのが楽しみだ。息子の最近ブームはお相撲四股を踏み、ハッケヨイノコッターッと相撲をとる。息子は相撲をするのが楽しすぎて、ヨダレを垂らしながら本気で向かってくる。負けると悔しいと言って泣くから、こちらが手加減して負けてあげるまで相撲をとる。(八百長

先日、優勝した稀勢の里表彰式録画を息子と一緒に見ていた。君が代斉唱で涙を流す稀勢の里の姿にジーンとしていると、突然息子が怖い〜と泣いて逃げ出した。何が怖いの?と聞くと、「お歌が怖いの〜」だと。

息子よ。

これから人生で、いくらでも君が代を唄う機会はあるよ。ましてや相撲国技からお相撲さんになったら、君が代を唄えなきゃいけないよ。お相撲さんにならなくても、学校スポーツ大会君が代を唄う機会は数多くあるよ。確かに暗い雰囲気の曲だけども、厳かで母は結構好きだよ。今度お風呂で一緒に唄ってみようね。

いやお前じゃないんだから

http://anond.hatelabo.jp/20170328135914

オタク「っゅ……」(ボソボソ)

店員かしこまりました」(こいつ何言ってるのかわかんねーつゆ何?つゆだく?)

http://anond.hatelabo.jp/20170328142613

俺もそういう所が好きじゃないんだけど(作品は好き)それでも矛盾した要求が万単位で来る立場を思うと辛そうだなと。

http://anond.hatelabo.jp/20170328142311

確固たる描きたいものがないのかな。批判はうざいだろうけど、自分他人境界あいまいな人のようにも思える。

http://anond.hatelabo.jp/20170328133327

零くんだけは人生の苦悩との戦いを免除されてるからな。三姉妹といちゃいちゃしてればOK。

この点は稲中以降の古谷実作品ヒミズシガテラ)に似ている。

1984』はソビエト監視社会の話ではない

1984というと一般には全体主義監視社会という観点で語られがちであるが、実のところ、かの世界でテレスクリーンによる監視を受けているのは全体の20%にも満たない中上層階級だけである

では残りの80%――プロレと呼ばれる労働者階級――はどうしているのか

教育は与えられず、ニュースピークにより思考方法は奪われ、代わりに無害な娯楽(プロフィードと呼ばれる)と党のプロパガンダが与えられる。そうして実際には党からひどい搾取を受けながらそれに疑問を抱くことはなく、二分間憎悪熱狂し、B.Bを熱愛する

こうして政治的去勢されたプロレは、もはや体制に脅威を与えうるものではないと見做され、永遠の窮乏と抑圧の中でほとんど"放し飼い"にされているのである

昨日のプロパガンダ今日プロパガンダ齟齬があっても彼らは気にしない。より上位の階層であればそのような認知的不協和を解消するために二重思考を用いるのであるが、プロレはそんな面倒な(そして高度な)方策を用いるまでもない。彼らは今日与えられた"真実"を今日真実としてただその中に生きている

このような社会では中層階級が立ち上がり下層階級と手を組んで社会転覆することは起こりえない。立ち上がる可能性のある中層階級に釘を刺すために監視は行われているが、しかしそれは党の支配原理の中枢ではない

党の支配原理はむしろ現実認識思考コントロールにこそあり、またそれがこの物語主題でもある

そう、1984は "一億総ネトウヨ" の世界なのだ

てるみくらぶ破産

 「てるみくらぶ」は、すでに航空券を受け取っていても、現地で宿泊できないなどのトラブル可能性があるとして、

渡航を控えるよう呼びかけている。一方で、すでに海外出国した人については、

自力対処してもらうしかないとしている。

さらに、社長経営判断ミスが今回の事態を招いたのかと問われ、山田社長は「はい、まさしくそうでございます」と答えた。

観光庁は、26日の時点で「てるみくらぶ」の客約2500人が38の国と地域滞在しているとし、

安全帰国できるよう対応を急いでいます

旅行会社チケット手配して、海外に行ってる間に旅行会社破産して、

ホテルが泊まれないとか、現代日本で起こり得ることなのかと思わず笑っちゃう

http://anond.hatelabo.jp/20170125084657

うちの母親がいま50代なんだけど、この増田と同じくゲイを「性癖の1つ」だと理解してたな。

http://anond.hatelabo.jp/20170328122606

運転がめちゃくちゃ下手なかわいそうな人なんだなと思うことにしてる

http://anond.hatelabo.jp/20170125084657

なんでってそりゃお前ゲイノンケ専ならともかく、

ゲイゲイ同士でしか性的嗜好を満たせないからだろ

http://anond.hatelabo.jp/20170328140440

死んだこともないのに死ぬのが悪いなんて経験してないやつの戯言

経験主義からしたら雑魚しかない

痴呆症祖母と私

ある日、就職活動をして自宅に帰ってきた私に

「財布が見当たらなかったんだけどあなた知らない?」

父方の祖母にそう言われた。

祖母痴呆が入っていたため家を引き払い実家で一緒に同居していた。

一緒に暮らすことになる半年前、財布やお金がない、鍵がない、まさか誰か泥棒が入ったのではと執拗に父に電話をかけてきていたので父は不安に思い病院に連れていった。

診断結果は痴呆症だった。

同居しても痴呆症は進行するばかり

家族の事や親戚の事をたまに忘れたり

デイケアセンターで貰ったみかん饅頭などの食べ物タンスや引き出しに隠したり。

タオル使用済みの下着をいたるとこにしまい込んでいた。

今、自分が置かれている状況をよく理解してない、一泊くらいの泊まりだと思っていて明日自分の家に帰るからと夕食を食べながら父によく言っていた。

しかし翌日にはけろっと忘れていた。

そんな時うちにきて初めてお金がないと言い始めた

次第にどんどん回数も増えていった

私には兄弟がいる

姉が二人、弟が一人

三女として生まれた私は昔の考えが凝り固まった父方の祖父からしたらあまり期待されていない孫だったと思う。

現に姉達は初孫で幼少期よく可愛がられ、弟は初めての男なのでとてもよく可愛がられた

うすうすは気づいていたが子供心にそれ以上嫌われたくないと私は思っていたのだろう。

まり祖父母とは会話をせず周りの話を聞きニコニコただ笑っていた事が多かった。

私がお腹にいた時、かすかにまた女かと思われたんだろう。

祖母が嫌いな母には悪い事をした。

痴呆症になっても私には気にもとめない祖母。逆に楽だった。

歳を重ねて私も嫌われたくないという気持ちもなくなり、極力顔を合わせたくなかったので助かった。

そんな時、祖母にいきなり財布がないと言われた。

続けてどこにあるか知らないかと言われた。

たまたま帰ってきてリビングにいた私はすぐリビングに入ってきた祖母から久しぶりに話しかけられたのでびっくりした、内容にも理解がすぐできずとっさの言葉が出なかった

知らないという一言すら出なかった。

たまたまそれを聞いていた姉が間髪入れずものすごい剣幕で祖母を叱りつけた

うちに泥棒はいないよ!もう一回探しなよ!

私は姉の大きな声にはっと我に返った

うちにきて財布がないとは言いつづけていたがどこにあるか知らないかというのは誰も聞かれた事がなかった

父母、他の兄弟には聞いたこともなかった質問が私にだけぶつけられていた。

姉は祖母言葉から私が盗んだと思っているのを感じ取ったのだ。

から声を荒げた。

叱りつけられた祖母バツが悪そうな顔をしてそそくさと自室に戻っていった。

就職活動用のスーツのまま呆然と立っていた私に姉は痴呆症から、仕方ない、気にするなと言った

姉は精一杯フォローしてくれた。

でも私はなんだか惨めな気分だった。

あとから悲しい気持ちが追い上げるようにきてカッと顔が熱くなって目が痛くなった。

祖母はしばらくして老人ホームに入所した。共働きの両親の世話では限界がきたからだ、

私は就職が決まり親を説得させ無理やり実家をでた。

万が一でも祖母暮らしたくなかったからだ。

から話を聞くに老人ホームに入所してから財布については話すことはなくなった。日に日に私たち兄弟名前を忘れ娘である叔母の名前最近思い出せなくなっていた。

顔は少し穏やかになったそうだ。

私は今でもよくあの時の言葉祖母の顔を思い出す。

シワシワの顔、目も落ちくぼんで、ぎっと私の顔を睨んでいたようだった。

祖母はあれが正気だったのかたまたま痴呆症でいった言葉だったのか今でもよく分からない。

私はそんな祖母を憎みきれないのだ。病気から、と諦めていた気持ちが時たまふつふつと怒りが湧き上がっては急激に冷めていくその繰り返しだった。

憎みきれたらどんだけ楽なのだろうと思いながらぶつけようのない怒りを持って生活を送っている。

ずっとずっと永遠に祖母がいつか死んでも私の心には深く残るのだろう。

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