はてなキーワード: 自然選択説とは
http://anond.hatelabo.jp/20091005002132
そっから生物多様性、進化論、五界説、超三界説、すこし分子進化における中立説と自然選択説の対立の話を紹介して、「君はどっちを信じる?」って宿題を出してその日はそれまで。
で、次は会食でもしながら進化論の話から育種学の話。
集団遺伝から近交化の話につなげて遺伝病の話にもってく。
遺伝病の話からセントラルドグマの紹介。
んで、そっからタンパク質の話にいくんだけど、代謝マップにいくよりは生理学につなげたほうがいいかなっと。
で、ひとしきり畑違いにも楽しめる医学生理学のおもしろそうな話を紹介したところで、PCRとシーケンスの原理とかを説明したり。
あんま化学にこだわらないほうがいいと思った。
http://d.hatena.ne.jp/michiaki/20090918/1253283595
何らかの成果が出た時、その成果を得る為にとった行動が努力として規定される。つまり、「成果が出た」時点から遡って、「努力をした」という過去が形成されるのだ。故に努力は必ず報われる
何らかの生物種が現に生存している時(=絶滅していない時)、生存する為に有利と考えられる形質が適応として規定される。つまり「生存している」時点から遡って、「適応した」という過去が形成されるのだ。故に適応した種は必ず生存している
http://www.idea-moo.net/chi-taiken/ono08122801.html
自然選択説は循環論法で無意味だと批判する者がいる。「自然選択で生き残るのは誰だ?→適者だ」、「適者とは誰か?→自然選択で生き残る者のことだ」自然選択説はこういう循環論法だと批判者は主張する。だがこれは全くの誤解に過ぎない。自然選択説は、変異体と原型との間で環境への適応度に差があるということを指摘する。大多数の事例で突然変異は有害で変異体は適応度が低く生き残ることはない。しかし、ごく僅かではあるが有利な突然変異が生じそれが生き残り新種となることがある。また(「種の起源」では明記されていないが)中立な変異体が確率的浮動で生き残り新種となることもある。適応度の差は環境により異なり、任意の突然変異を一意的に有利か不利か中立か決めることはできない。耐性菌は薬剤が存在しない環境では通常は不利な変異体であり増えることはない。しかし薬剤が存在する環境では圧倒的に有利な立場を得て増殖し新種となる。こうして環境の多様性と連動して種の多様性が拡大する。このようにダーウィンの進化論を正しく理解すれば、それが無意味な循環論法だという批判は全くの的外れであることは明白だ。またダーウィン説が種の多様性を説明する上で極めて有効、いや、唯一の科学的な理論的枠組みであることも明らかになる。
最近見た素晴らしい「努力」の定義 - インターネットください
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/RPM/20090917/doryoku
stellaluna 「努力します」「善処します」という政治家の言い訳がこれで使えなくなるのならいい定義か。
Zephyrs コミュニケーション, ネタ, 社会, 考察, 言葉, これはすごい 目から鱗とはこの事か……
caraldo_k コミュニケーション, 読み物 俺は納得
kei_ex 正しい。けど、これを知っても自分にプラスになるかというと微妙だ…w
反証可能性はその通りだけれども、進化論に限らず、理論と呼ばれるものは、常に条件付の言明であって、if A then Bの形でかける。進化生物学の教科書みれば、進化論(自然選択説)で何がAにあたり(具体的には、形質の変異、適応度の違い、遺伝の3条件)、何がBにあたるか(進化が起こる)かは分かるはず。全ての理論と同様に、Aが起こっているときBにならないことを示せば、進化論は反証可能だ。
進化論は理由を外に求める、っていうけど、何の理由?キリンの首の例では、現在見られる首が長くなっていること(パタン)を説明するために進化論が有力な仮説となるという話なんでないの?その場合にAが起こっている証拠をつかまずして進化論の証明にはならないわけだが、Aを起こす要因(首が長くなるほうが沢山の子孫を残せるようにさせる要因)がたくさん考えられるので、それらの要因を、進化論の外に求めているだけでは(首が長いほうが、他の草食動物との資源をめぐる競争に強くなるとかいろいろあるよね)?だから、進化論のif A then Bのフレームワークは維持されたままなので、進化論自体はその正当性を支える理屈を外に求めることはない。たぶん、言葉の定義に問題があるのでは?