車いすに載っている障害者が他の人に抜かれてエレベーター乗られたって記事に対するコメントが
・お互い思いやりを持つことが大事
・思いやりのないけしからんやつがいる
とかばかりで気持ち悪い。
譲り合い・助け合いは強制しないのが前提で
譲り合いや助け合いをすることもあればしないこともあるの
両方を容認しているのが現状。
その中で譲り合いや助け合いを起きないことだけを一方的に責める光景が
やる気があれば何でもできるはずだ、のブラック企業大好きな根性論と言葉変えただけで同じに見えた。
法で定義するしかないのか、というコメントもあったが
それは譲り合いや助け合いを是とする風潮とは真逆になるがそっちの方がいいのかな。
Permalink | 記事への反応(1) | 12:11
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