芸術が権利と政治にたいして何も影響しないということ、正直わかってた。
それでも情勢なんか気にしないほどの感動は作れるものだと思ってた。
実際は芸術は何にも意味がないってことをオリンピックが教えてくれた。
「united by emotion」「感動で私たちは一つになる」ってコンセプトだし感動している人もいるし
「私たち」に自分が入れなくて悲しくなったってだけの話なんだと思う。
一流の人が関わっているんだから、一つ一つのものは凄いかもしれないし熱意はあったかもしれない、
それを僕は意味を汲み取ることができなかったし、理解できない熱意が虚しくテレビから流れてくるだけだった。
僕は芸術の才能がないから、芸術を最大限にサポートできる職を選んだし、
芸術があるから辛いことも乗り越えられるって勝手に思って仕事してきたけど、
オリンピックのおかげでようやく目が醒めた。
芸術以前にデザインとして整合性がとれてないっていうか。「統一的なストーリーがない」とかそういうありがちな言い方になっちゃうんだけど、芸術的ではあれば何でもいいとなっち...
確かに一つ一つに意味はあったかもしれないね
わいの推しが優勝したら、わいと推しの母国の人は嬉しいが、日本国民と別の推しの人が悲しむし、感動は一つになれんな。 反対も然り。
電通や政治にがっかりした人は多いはず
無下に扱われてお金も時間もない中できたものなんだから多めにみよう、って思っているやつらもわかっていない