それらも含めて、「自己責任というには不公平」な現状があるのは問題だと思う。
一方で自己責任論が沸き上がる背景としては、誰しも「孤独」「貧困」「低学力」にならないよう、「コミュニケーション」「勤労」「勉強」に努力しているという思いがあるから。
本当は、「努力しても越えられない不公平がある」ということなんだろうけど、貧困とかと比べて孤独についてはわかりにくいのかもしれない。
「孤独」、ひいては「コミュニケーション能力」については、家庭環境だけでなく個人に依存する部分も多く、「不公平」が見えにくい。
加えて、対人関係についてはどんな人でも多かれ少なかれ悩んでいるので、積極的にコミュニケーションを取らない人間に対して「甘え」と映ってしまうのではないか。