海外では差別は「変えようのない、または変えるためには大変な苦痛を伴う属性を持ってその人が損失を被るような判断する」というような定義ができている。
「あの子は女性だから云々」「あいつは男だから云々」ということを言うためには、かなり強力な事実や根拠がいる。なのでよほどの残念な人や浅はかな人でない限りは言わない。
そして差別をする側、される側、可能性だけで言えば全人類が両方に含まれるという前提で語られる。DVにしてもそうだ。
一方で日本ではどうか、DVなんかは男性が家族に対してやること、というような味方をされている。子供が親を殴ってもそれはDVではないらしい。女性がハゲデブ親父とかほんと視界から消えろよとか笑い話にしててもそれは差別じゃないらしい。