勘違いしている者が多いが、文章は長ければ長いほど良い。
ただしそれは、人に売れるクオリティの文章であればの話だ。
そして本来、そういう文章だけ読めば十分だ。人が学びのために触れる文章としては。
だがネットの人々は言う。長い、三行で、推敲しろ、と。
その結果、字数制限されたメディアが幅を利かせるようになった。
短さが求められる文章には2つの特徴がある。
1つが作文に秀でるわけでもない素人の書き手による文章であること。
もう1つが、人を解った気にさせるための文章であること。
特に問題なのが後者だ。
このような文章を読み続ける限り、真似びの域を脱することができない。
知識や知恵を体系化して整理することのできる視野をもつことが、真似びを学びへ昇華させるための要所だ。
その要所が、短い文章には含まれていない。
これが、ネットに依存する人々が地獄の釜の中で茹だり続けている根本的な原因だ。
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