全身がどろどろと悪臭をはなつタールのよう。からだのなかにじっさいにあるものならばよかった。あれば嘔いてすませることもできる。悪意は血でも肉でもないぶんしまつしようがない。
かれとはにたりよったりの世すぎに身をおいており、世間の評価でいえばはるかにこちらに分がある。おもに数字にはねかえるようなはなしだ。いつのまにかきしむほど噛みしめていたおく歯をため息でほどくと、アルミ箔でも噛むようにうずいた。
枕もとのうすっぺらい箱がちかちかとしらせをよこす。おめでとうあなたにいくついくつ星がつきました。そんなものになんの意味があるなどとはいわない。けれどもそのなかにあの人はいない。
あの男にむかってかの女はいった。あなたのうたは奇蹟のよう。そのことばをそのおとにのせて鳴らすためにあなたは在るのだとおもう。──こぶしで壁をなぐりそうになった。なんでおまえなんかが。めだまのうろのおくではっきりときこえた。なんでおまえなんかが、そんなことばを湯水のようにあびる。
世界がこんなふうにみえている、と、おのれの視界をつかんで引きずりだしてみた。そのできがどうだの、才能がどうだの、そんなことはどうでもよかった。みなが目をみてほほえみかけてきた。あの人だけが、ひり出したものをみていった。ふうん。あなたの世界はこんなふうなの、きれいね、わたしの好みではないけど。
そのおなじくちびるでかの女は男にいった。あなたに世界はこんなふうにみえるの、きれいではないけど、とてもすてき。みせてくれてありがとう。うまれてきてくれてありがとう。
悪意は血でも肉でもないぶんしまつしようがない。のどもとを嫉妬がせりあがってきて嘔きそうになるけれども、どんなにそうねがってもじっさいにでてくるのはせいぜいがところただの胃液だ。