「きっとこの瞬間を思い出してしまうだろう」
年老いて死の淵に立ったとしても、誰もが自分のもとを離れ孤独であったとしても。
8ヶ月になる娘は、ぼくに新しい経験ばかりを届けてくれた。
子どもが生まれれば、それで父親になると思っていた ぼくの予想は完全に裏切られてしまった。
片手に収まってしまうような君が、はじめて哺乳瓶からミルクを飲んでくれた時、腹の底からグッと体が暖かい熱でつつまれたような感覚だった。
新しい生活は、一人では、触れたことのなかった感触で満ちていた。
妻と君は、ある意味でぼくを救ってくれた。
自分の予想の範疇を波風なくこなしていた僕に、新しい世界が顔を見せつづける。
今まで知らなかった満たされた感覚や、思い通りになってくれない歯がゆさや、身を切られるような心配を僕に与えてくれた。
僕は、君のまだ言葉も理解していない笑顔を見ながら時々思うんだ。
「きっとこの瞬間を忘れられない」
それだけ、僕に君の跡は焼きついてしまった。