僕が電車で席を譲らない理由
http://kangaetakekka.hatenablog.com/entry/2013/07/02/192237
ホットエントリに便乗してみる。
僕は「電車で老人や妊婦に席を譲りましょう。」というマナー(?)は人に強要すべきではないと思う。
他の誰かが譲る分には好きにすればいいが、席を譲る人は良い人・席を譲らない人は自己中な人みたいな考えにはひどく嫌悪感を覚える。
上のホットエントリ主同様に、気が向いたときに譲ればいいじゃないかという考えだ。
大体この「席を譲りましょう。」というマナーは片手落ちなのだ。
どう片手落ちなのかというと、「席を譲りましょう。」というマナーがあるわりに「席を譲られたら(特に理由がない限りは)素直に座りましょう。」というマナーがないのだ。
たまに席を譲ろうとしている人をみると、相手に断らて微妙な空気になったりして微妙な空気になっているのをみかける。
もし、「席を譲りましょう。」というマナーであるとするなら「席を譲られたら素直に座りましょう。」も対としてマナーにすべきである。
誕生日などの「お祝い事にプレゼントを持っていく」のがマナーなら、「受け取る」のもマナーであろう。普通プレゼントをもらって、興味ない物だったからといっていらないと相手につき返そうものなら顰蹙モノである。
だがなぜか「席を譲りましょう。」にはそれがまかり通っているのである。
席を譲れというマナーは強要されるのに、いざ従うと相手に断られて赤っ恥をかくとはこれいかに?
そう考えると自分は「席を譲りましょう。」は強要するものではなく、各々気分が向いたらすれば良いというのが一番バランスがとれていると思う。
あなたの気分で席を譲る・譲らないが自由なら、譲られたほうの座る・座らないも自由である。
それでいいじゃないか