2013-05-04

恋をする側になってしまった

数年ぶりに恋をした。

でも、恋を「する」側になった状態で、どうやって相手を愛していったらいいのかがわからない。

もともと臆病なくせにプライドが高いたちなので、人や自分に興味のないふりをしながら、さみしさをじっとかみしめて生きてきた。自分から他人に何かをはたらきかけることは多くないし、するにしても、相手の顔色をうかがって、自分が傷つかないという確信が得られてからにしようとする。普段の人間関係からしてそうなのだから、恋心を自分から表に出したことなんてほとんどない。

これまで数年間つきあっていた恋人強気な人で、あちらから愛を告白され、別れを切り出され、そして捨てられた。楽しかった分だけ傷ついたこともあったけれど、恋を「される」側になるのは、私のこれまでの行動原則と拮抗しないので、わりと簡単なことだった。

しかし、今度は私が恋を「する」側になってしまった。恋愛においては、恋してしまった側が圧倒的に不利になる。私には、臆病さとプライドをなだめすかしながら、精神的にも身体的にも相手に近づいていく必要が生じた。

話をする、手をつなぐ、キスをする、心を通わせる、…。相手に会うたびに、臆病さとプライド邪魔をして、そうしたことを思うようにできない自分に幻滅し嘆息し、悶々とした夜を過ごすことになる。そうして、そんな自分客観視して、私は相手を好きなんだろうか、相手から好かれている自分を感じたいだけなのだろうか、とまたまた悩むことになる。

臆病な自尊心尊大羞恥心ガチガチにかたまった私は、どのように人を愛していけばいいのだろう。相手は、まだ今のところは、そんな私を生温かく見守ってくれているように思うのだけれど、でも結局は人の気持ちなんてわからない。こんなことに悩むのなんて、本当は10年前の思春期に済ませておくべきだったのかもしれないけれど。

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