・機能
・価格
・財務体質
など、いくつかの観点において比較検討してもどっこいどっこいで差がない場合、判断の決め手に欠ける。
早い話「どっちでもいい」のだ。
ただ、仕事の場において「どっちでもいい」という考え・表現はあまり受け入れられない。
そしてこういうとき上席は「どちらを選んでも大差ないことは明白だから『自分で決断した』という経験を積ませるため、あえて自分からこうせよとは言わず、提案者自らに判断・決断させよう」としてくるものだ。
しかしこのような上席に限って、往々にして後で何か問題が起こると「提案者が自ら決断したことだ(=自分だけは絶対に悪者ではない)」と稚拙な責任逃れに走る傾向にあるというのはいかがなものか。
稚拙なんだったら責任逃れ出来てないからええやん
確かに逃れ切れていないが、その稚拙な言動を皆の前では見せないから、ギリギリ面子面目プライドの類は保たれてしまっているのは正直いっておもしろくない。
上司が責任を押し付けるためにキミがいるんだよ
不当な言動に対しては断固抗議します、必要ならば録音などして物的証拠も固めつつ。
解雇以外はパラハラでもないかぎりまず争えない。 企業の決定はあくまでも私的なものなので
争う=訴訟…という認識だろうか。 そこまで争わないまでも、自分の身を守るために物的証拠を用意する意義はある。 その結果、稚拙な責任逃れに走る上司けしからん…となるか、いち...