2022-04-25

ネットの広まりによって「恥ずかしい」という概念が崩れた気がする

時代とともに恥の文化ってのは徐々に形態を変えてきたんだろうけど、ネットによって急速に変わったものの一つが「恥ずかしい」という概念なのかもしれない

俺はネット自分趣味年収家族のことを話すのはとてもためらうし、正直恥ずかしい

匿名であっても例えば「俺の親父は子供暴力を振るうようなクズ」や「年収3000万の父は自慢だった」みたいなことを話すつもりはない

たとえ中流で温和で読書趣味であっても、それをあえて公言することに意味はないし、恥ずかしいと思っている

けれどどうもネットというのは匿名性が確保されていればそういうことを書いてよくて、というか書くべきという風潮があるらしい

特に増田家庭内のことを赤裸々に書きつつ、ブコメも詳細を知りたがる人がちらほらいる。なんでそんなことを書くのか、また聞こうとするのか。

もちろん大部分はそんな人ではないのだが、むやみに突っ込みたがる人を見ると「ネットはそういうことを恥ずかしげもなく明かすのがデフォになったのか」と思わずにいられない


それが顕著なのはYoutuberかなと

彼らは自分たちの生活を切り売りするようなことをして、恥ずかしくないのだろうか

自分には無理だ

仮面を被ってもいえないことを彼らができるのはよくわからない

それとも、この恥ずかしいという感情は悪なのだろうか

  • 恥ずかしいっていうか下品よな。自分語りは。

    • 下品でも恥ずかしいでも、本人がそうおもってればどちらでもいいじゃん 言い換える理由がない

    • 「匿名性のある場所で便所の落書きしてるやつ」と「You Tubeで顔面さらしてるやつ」は切り分けてみたら? 匿名性あっても特定されかねない世の中ではあるけど、それを置いとくなら、...

  • あれやねん。どないでもええねん ぶっちゃけ、母親がヒステリでDVかますとか、父親がクズで子供の名義で借金するとか、日常やったからなんてことのない話やねん 昨日カレーやったく...

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