2021-04-11

三大色褪せない1煽りコピペ

我々は1が何故このようなスレッドを立てたのかという疑問を解決するため、1の故郷である群馬県に向かった。

「まだ日本にこんなところがあったのか…」

わず口に出てしまった言葉を同行した上司に失礼だと咎められた。

小人が住むような小さな家、ツギハギだらけの服を着る農夫たち、そして彼らは余所者で身なりのいい我々を監視する様に見詰めている。

高度成長だの、神武景気だの、オリンピックだので浮かれていた我々は改めて農村の現状を噛み締めていた。

ボロ屑のような家に居たのは老い母親一人

我々を見るなり全てを悟ったのか、涙ながらに「息子が申し訳ありません」と我々に何度も土下座して詫びた。

我々はこの時初めて1を許そうと思った。

誰が悪い訳ではない、農村の貧しさが全て悪かったのだ。

我々は1の母親から貰った干し柿を手に、打ちひしがれながら東京へと帰路についた。

1の家臣でござる。

この度は殿がかように愚かしき板を立ててしまい、家臣一同お詫びの言葉もござりませぬ。

殿は先の戦での大敗以来すっかりお心を病んでしまい、昼は村娘をかどわかし、夜ごと酒を召しては家臣に斬りかかる毎日でござる。

奥方様は病で倒れ、折から飢饉で民は飢え苦しみ、近隣諸国大名はこれ幸いとばかりにわが国との国境を侵し始めている次第にござりまする。

家臣の中にも殿に翻意をいだく者が多く、このままではお家存亡の一大事になりかねませぬ。

しかし、ご安心下され。間もなく殿には出家していただく手はずにござる。

殿が寺に向かう途中に手練れの者をひそませ、殿のお命を頂戴する算段が整っておりまする。その後は殿の甥にあたられる茂名の上(もなのかみ)様を殿として迎え我ら家臣一同忠勤を尽くす心づもりでござる。

皆様方には迷惑をおかけして、まこと申し訳ござりませぬが、今しばらくの辛抱でござる。なにとぞ、なにとぞ殿の此度の所業をお許し下さいませ。

あと一つは?

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