他者からしたら私はただの上手く回らない歯車であり、無くなっても気にならない埃のようなものであると生きていると否が応でも痛感するし、
あなたは生きていく能力がありませんよと、給料や日に日に減る知り合いの数から実感する。
生きているだけで落第の印を押され続けて、もう心が参ってしまった。生きることをやめる選択肢が、最も有効であることしか証明されない人生。でもこれは、自分自身が選択してきた道であり、自業自得である。向上心を持って努力を続けられなかった自分の責任。責任を持って人生を終わらせろと、社会から言われ続けている自覚はある。
なんで価値ある人は理不尽に命を落として、こんなに無価値で自己愛にまみれた人間が生きているんだよ。
Permalink | 記事への反応(2) | 00:37
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山本太郎の政見放送をみて癒やされよう
生きとし生ける人間全てが、社会の歯車だと思うのですが、そんな歯車が漏れなくぴっちり噛み合うなんてことないですよ。 若干、噛み合ってないけど、動くからまあいいやってことで...
ぴっちり噛み合うことを他人に求められるから息苦しく感じるんでは