特に10代から20代にかけて、「病んでる」「変わってる」「偏屈」「気難しい」などと言われ続けてきた。
問題点があれば向かい合い、人とぶつかろうと解決を優先してきたのだ。
自分にしてみれば、こだわりや意地を簡単に曲げてでも周囲と合わせようとする人間のほうがずっと危ういと思い続けてきた。
結果40にもなって周りを見回してみれば、そうして自分を欺いてきた人間たちは皆一様に心に闇を抱えている。
それはそうだろう。
今までこれでもかというほど色々なものにフタをし続けてきたのだ。
見ないふりしてきたものが幾重にも層になり腐敗して混ざり合っているような状態だ。
そんなものをはちきれんばかりに抱えているのだから、ほんのちょっとのきっかけですぐに溢れだしてしまう。
それなのに尚、仲間が大事だとか家族が大事だとかいいながらまだ迎合主義でいようとしている。
これ以上に溜め込もうものなら、取り返しの付かないような膿溜まりの崩壊が訪れてしまうことだろう。
そうしてわかったことは、まともな大人の少なさだ。
問題と正面から向かい合うことをとうの昔に諦め、自分に都合のいいものばかりで身を固めている。さながら死してカビをまとうメダカのようなものではないか。
どれだけ情報の制度と流通速度が上がろうとも、結局はそこから導き出される真実から目を背けたい人間が大半なのだから、世話がない。
立川談志「だからって赤めだかが金魚になれるわけねーだろ」
「憎まれっ子世に憚る」 昔の人は良く分かってたんだな。
自分も迎合せずに尖ってると見られてきた系の40歳だけど 40過ぎると色々つらいことも出てくるのは人生の常であって、迎合がどうとかじゃないと思うけどね
自分の中にしっかりとした芯を育てて大人になった増田と、 それをアウトソーシング(世間の常識とかに依拠)してきた一般人の差。
「まともじゃない人間」に囲まれて生きてくのって辛そうね
これは自己愛性人格障害か何かのパーソナリティ障害の可能性があるな