2011-03-18

がまん、させないで

地震原発事故がおきてから、「いたわって!」という言葉をよくみかけます

いしめとか、デマの流布とか、的はずれな批判とか、いろいろなことが問題になっていて、当局のほうも「自粛を」要請したします。

でも、ちょっと待ってください。

 

「みんな不安なんだ、いたわれよ!」って、「みんながんばってんだ、がんばれよ!」と似ていませんか。

 

「みんながんばってんだ、がんばれよ!」ってうつ病のひとに言っちゃいけない、というのは、わりと広く知られてきたように思います。

「みんな不安なんだ、いたわれよ!」って不安がるひとに言っちゃいけない、というのも、同じようには考えられないでしょうか。

「がまんしろ!たえろ!」って言われても、できないときがあるのではないでしょうか。

 

「控えて!」って怒られたら、かかえこんだ不安はどうすればよいのでしょう。

あるいは、それが不安だとさえ気づかない人々は、いったいどうすれば?

(そして、それが分かるひとは、そもそもこうした問題をおこしはしません。)

彼らは、暴れないし自暴自棄にもならないけれど、それはもうパニックと呼ばれる状態なのです

 

から不安がるひとに「控えて!」って言うよりは、ふたつ。

 

彼らには、彼らが「だいじょうぶだ!」と思えるように、あるいは、少しでも不安を忘れていられるように、不安という感情から遠ざけてあげてください。

楽しいことをしたり、美味しいものを食べたり、あるいはいっそ遠くへ旅行へいっても良いのです

こんなに美味しいものがいつもどおり手にはいったじゃないか。こんなきれいな景色がいつもどおりあるじゃないか

 

それと同時に、彼らががまんしなくても良いように、「しかたないかな」と思えるように、あるいはそれにすら気づかないように、周囲をくみたててください。

健康保険証と障害者手帳の数だけ売ります」みたいに決めたら、少なくともなにも条件がないよりは、他人のことを考えられませんか。

子供たちのぶんは、お母さんが買いにくるしかないんだなあ、たいへんだなあって、自然に考えませんか。

 

そんなことを、なんだか呼吸がしづらい心中を覗きながら、考えていました

相手に気づかせない気づかいを、お願いします

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