2022-07-27

人生投了

私は人生という囲碁を打っている。

本当はもう投了したいけれど、偶然にもまだ生きる手を見つけてしまたから、投了せずに打ちつづけている。

この手が生きるのか死ぬのか、それがわかるのは来年で、もしこの手で生き延びられなかったら、あとはもう負けが読めている。

その時、私は二つの選択を迫られる。

投了するか、最後まで打ち続けるか。

負けるとわかっている碁をさし続けることに果たして意味はあるのか。

ない。そして黒の生きる道ももうない。負けた。

そう考えて、私はおそらく人生投了すると思う。

でも、佐為なら、きっとこの死にかけの黒を生かすだろう。たとえば佐為が、今の自分のように打っているとする。私は考える。生きる道はあるのかどうか・・。

私は思う。もう生きる道はない。と。

でも、そう思って佐為の顔を見ると・・

はいつも佐為と打っている光景を思い浮かべ、そこにいる佐為の口元にはいつも笑みがたたえられていることを思い出す。

だって、きっと佐為はにこっと笑うんだ。そして扇子で盤面を指すだろうー・・

ーその時、私ははっとした。

見つけたのだ、人生を生かす新たな道を

…こうはなってくれないのがおそらく人生だ。

から詰んだやつから死んでいく。

私も多分遅かれ早かれその運命を辿る。

佐為出会ってみたかったなぁ。

ところでみんな、佐為って知ってる?

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