自分が迷惑をかけてしまった相手には、謝るなりフォローするなり気を遣うのが面倒。
なので、そういう相手は、自分の目の前から早く立ち去ってほしい。
そういう点で一番嫌い。
一方で、自分が幸せを与えた相手には、その対価を決して求めないから、そばに居てほしい。
自己肯定に繋がるので。
対価をもらわなくても、対価をもらい得るという気持ちの優位性が、自分を幸せにする。
つまり、他人の存在は、自分がどのように振る舞ってきたかで、その許容度が決まると思うのだ。
その他人がどう振る舞ってきたかではなく、自分がどう振る舞ってきたか、だ。
他人が何をしてきたかなんてどうでもよく、その他人に対する自分の「借金」(迷惑かけたこととか)の有無が、その存在の許容度を決めるのだ。
わからんでもないな。 俺は迷惑かけてばかりで、誰にも幸せ与えてないから、これからも孤独なのかもしれん