2020-06-22

休めメロス

ふと耳に、潺々、水の流れる音が聞えた。そっと頭をもたげ、息を呑んで耳をすました。

すぐ足もとで、水が流れているらしい。よろよろ起き上って、見ると、風呂蛇口から滾々と、何か小さく囁ささやきながら清水が湧き出ているのである。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手で掬すくって、一くち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。

歩ける。行こう。

肉体の疲労恢復と共に、わずかながら希望が生れた。義務遂行希望である。わが身を殺して、名誉を守る希望である斜陽は赤い光を、ブラインドに投じ、隙間から差し込んだ光も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人(クライアント)があるのだ。少しも疑わず、静かに期待してくれている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。飛んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。

いや、休め! メロス

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