趣味を極めたら「プロ級」「お金取れるレベル」って言われるようになる、あるいは商業ベースに乗るような方向性で極められた趣味しか褒められないのが嫌だ
趣味・娯楽としてやってることに対して資本主義的価値観に回収するようなことを言うのが褒め言葉として広く受け入れられてるのはグロテスクな気がする
「趣味を極める」の定義はかけた時間とか熱量にだけ依存するべきなんじゃないのか
ピクシブに毎日ほとんど同じ構図のヘッタクソな絵を上げているおじさん とかも「すごい趣味人」とされる社会であってほしい 趣味のすごさの基準にまで金が絡んでくるのは嫌だ
Permalink | 記事への反応(1) | 19:51
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そもそも極めることが全てじゃないのよ趣味なんて。草野球の大会でバリバリ勝ち進むために猛練習するのが好きな人も趣味人。のんびり試合して打ち上げでビール飲むのが好きなのも...
ワイは黒龍波を極めたやで