2019-01-24

30近くになり 何かをやらなくてはという強迫観念を失いつつある

人より色んなことにチャレンジしてきたと思う。

それぞれに達成感も得難い経験もしてきた。

しかし、それが何の役に立つであろうか。無理やり役に立たせようとし、思い出を塗炭するような真似はしたくない。

どうしようものか。時間を浪費しているだけと人はいうだろう。好きに言えばいい。

しかし、私は思うのだ。為すなどは幻に過ぎず、この徒労感こそ不変の感情なのだと。心に従い感じれば、一層その思いを強めるばかりだ。

もちろん成功はあった。しかし、失敗は多く、常にあった。ならば失敗こそが常なるものだろう。

最近、そういうどうしようもないやるせなさを受容できるようになった。

同時に湧き立つ挑戦心にひたむきになれなくなった。臆病になったのだろうか。

昔は何かを為さねばならないと必死であったが、本心からそう思えなくなっている。

正直にいうと、そもそも何かを成さねばとは本気で思っていなかった。それでも頑張ったのは、漫然と生きることに疑問を感じていたからだ。世間体も気になっていた。

しかし、今となっては逆に漫然としていることこそ至高であると痛切している。

これからどうしよう? 何も決めることなく、心に従い漫然と過ごすことを徹底してみようか?

そこから本当の生き方を見つけられる。そんな気がする。

人生意味はないという言い方は嫌いだ。

しかし、はっきりと思えるのは人生意味を見出そうとすると、却って人生意味を見失うのではないか

心に従い生きることで、人生意味が与えられるのではないか。そうあってほしい。

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