結婚制度っていうのは子孫(家督)を残すためのシステムの延長のはずじゃなかったのか。
そうなるとむしろ子供が作れるかどうかも分からない男女や子供を作れるはずもない組み合わせの人間同士が「結婚」を名乗ることこそがおこがましい。
子供のいない状態の夫婦とは将来子供を産むための準備をするためのモラトリアムであり、結婚しているとはいってもそれは仮の状態に過ぎないのではなかろうか。
もしも子供を作ること無く夫婦生活が終わったのならば、それは子供の居なかった夫婦ではなく一緒に住んでいた他人同士という領域で終わるべきではないだろうか。
結婚というシステムと出産や跡目相続を分けて考えすぎてはいないだろうか。
こんな事を言えば「様々な形の夫婦があっていいはずだ」と言う意見もあるだろうが、それならばこう言い返したい「様々な形があっていいはずというのならば、子供もいなうちから婚姻関係を結ばされる風潮こそがそれを邪魔する枷ではないのか」、と。
別に結婚してなくても子孫残す人いるやろ。。
だからリバタリアンは、究極的には結婚という社会制度それ自体を否定する。習俗としての結婚は否定しないが。 だれかとつがいになるのに、国家の承認や手当など不要。みんな勝手に...
お前安倍総理に同じこと言えんの?
言えるよね?
できちゃったって言葉がよくないので種付け中出し婚にしよう