2017-11-20

議論ができない教授

最近学生議論ができない」と耳が痛いほど言われたものだ。

からすると議論ができないのは教授のほうだった。

私は議論を「より正しい理解にたどり着くために、お互いの意見を交換すること」と考えている。

あくまでも原理的には、"より正しい理解"というのを私も相手も知らないという意味で対等であり、お互いの意見も対等に扱うべきだと考えている。

議論ができない、議論にならない教授とは、相手意見を全く聞かず自分意見だけを通す教授である

自分意見を通すというのは、議論(ディスカッション)ではなく、討論(ディベート)である

そしてどちらの意見採用するかが教授次第ということを考えれば、それは討論ですらなくただの独裁である

独裁トップが有能であればいいが、無能トップ独裁がどのような結果になるかは歴史が示す所である

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