留保なきバリアフリーはありえない。
線引きをしないということはたとえば
「俺は無能なためろくに仕事に就けず、お金がないため、ギンザの高級イタリアンを食べるにはバリアが存在する。
このバリアを気にしなくてはいけないということがすなわち所得差別ではないだろうか」
というような論法も可能になる。
まあ上記が極端な主張だとしても、たとえばレディースランチは男性差別にあたらず車椅子入店拒否は差別にあたるというのは、
その両者の間のどこかで線引きはおこなわれているということだ。
かわいいモノが大好きで、かわいいレストランでかわいいランチを味わいたいという欲望をもっている大柄で厳つい男性が、
この世界にバリアを感じることがあり得ないと言い切れるだろうか。
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