難しい話だ……
女性の多くはそれに耐えてるんじゃないかな。
「自慢話だとおもわれるから」と他人に話せない子も多そう。
もちろん男性になんて話せるわけがない。
だからそういう女性と話してみたらどうだろう。
通じ合えるかも。
「セックスを100pだとしたら、いきなり一人の相手から100pを得る必要はない。それは難しいチャレンジだ」
というのが個人的に気に入ったよ。
誰かに少しふれたら10p、手をつないだら30pというように
小さいポイントを稼いで気持ちを満たすところから初めてみるていうかんがえかた。
(詳しくは岡田さんの本をご参照ください)
あなたが対人恐怖症だったりして心底人に触れるのが苦手だったら無駄なんだけれど、
もし触れるのが大丈夫だったら
按摩・マッサージにいってみるってのはどうだろう。
凝りがほぐれて気持ちよくなるし、人肌に触れるというのは安心できることだと俺はおもうから。
自分は優しいお爺ちゃんお婆ちゃんに揉まれるのが好きです。
なかなかこういうセクシャルな話って議論だけだと空転してしまうから、
小さくキモチいいチャレンジをしてみるのは有意義じゃないかなー、とおもってみたりします。
そうして身体のことが少しずつ分かってくると、少しずつ考えが進むかも、とか偉そうに言ってみる。
考えが進めば、自分の性欲について苦しんでいる人と話しやすくなる気がします。
若かったけれど、無茶が出来るほど若くはなかった。
例えばお互いが同じ学校の学生だったら、もっと違ったのかもしれない。
相手が自分を異性として気に入ってくれているのは知っていた。
けれどそれには応えられなかった。いや、応えるのを避けた。
避けなければ友人関係が壊れる、自分と相手、友人関係という対等の立場でいたいという自分のエゴイズムの結果だった。
けれどそうするしかなかった。自分独りでは耐えきれない事や耐え難い事が起きたときも、相手の気持ちを知っていながら自分の相談をするだけだった。優しすぎた。自分には優しすぎた。近づけば衝突をするのはもうわかっていた。
突っぱねるでもなく、近寄りもしない。ただそうしてお互い年を重ねた。けれどそれでよかったのだと思うことしか、出来ないままでいる。
もう一昔前の話だ。
これは俺の書いたエントリーだ。
それが分かるのは俺だけだ。
なぜなら「鉛筆」アイコンが出てるから。
最近、1日あたりの増田のエントリー投稿数が増えてきたので、全部はチェックしきれない。
恋愛板と分けてくれないものか?
マスコミの報道やネットの人気記事なんかはまず疑ってかかるくせに、
匿名ダイアリーという、男女どちらかが書いたか、それぞれ違う人が書いたか、
そもそも実話かどうかも確認できない場所に、数件子供の頃の痴漢被害体験談が寄せられただけで
「ああ、やっぱり3次元のロリコンは有害な奴が全国津々浦々に相当数いるんだな。」
という考えになってしまうのはどうしてだろう。書き込みをそれぞれ別人の真実の体験だと仮定して、
「匿名ダイアリーという限られた範囲内で」「数件とはいえこの短期間に」という条件を加えても、
疑り深いことこの上ない自分にしちゃちょっと飛躍した意見になってしまってる気がする。
ふと気づく。俺は疑り深く、流されにくいタイプなんかではないのだなと。
ただ単に「マスコミに流されないようにしよう」とか「衆愚に陥らないようにしよう」
という意見に妄信的に流されていただけなのだなと。
ふむ。じゃあどうしよう。ただ何かに流されるのはイヤだというのは、どうやら俺自身の考えっぽい。
じゃあ「マスコミに流されるな」に流されないように、いや、でもそれでいて・・・
ふと気づく。俺は流されやすいとかどうのこうのの前に、そもそも頭が悪い。
これ以上は俺には難しくなりそうだ。ケセラセラでいこう。ケセラセラで。
仮説
議論の参加者は、自分の投稿が周囲に評価され、以降の投稿で引用され、やがて議論が収束することを望む(「自分は特別である」「自分は選ばれし人間である」「自分を褒めて欲しい」)。しかし、『増田』においては、誰にとっても「自分の意見を表明すること」が第1の目的であるため、議論の発展的解消は達成されず、別の投稿者による類似した投稿が延々と続くか、全く別の話題がアップされるのみである(「自分以外の人間は特別ではない」「自分以外は選ばれし人間ではない」「自分以外の人間を褒める必要はない」)。
そんな「ひとりごち」への、ささやかな報酬は、はてなブックマークでブックマークされることであろう。混乱した思考に対し、外部から気にかけてもらえるのだから。
ところで、意見の表明のあり方には少なくとも次のようなパターンがあるように思う。
問題は、議論の場への参加資格が対等なため、4は多数の意見がある中での一意見という扱いしかされない点である。これにより、議論はループし無間地獄と化す。
議論の終了宣言を行うことが許されるのは「他の投稿者より身分が高いと暗黙のうちに了解される人物」であるが、増田民は匿名なので、これは期待できない。ちなみに、ここでいう「身分」とは、理屈をこねる能力の優劣ではない。サービスにおける制度上の上下関係である。例えば、書き込みにあたっての物理的な強制力(書き込みを非表示にする、凍結する、削除する、など)を持っているか否かの違いである。
『増田』上の議論に対し、読み手の精神的な安定をはかるための骨法は、「参加者が飽きるまでほったらかしにする=読み手が我慢する」という点につきる。これが、いわゆる「スルー力」である。
参考
日記を書こう!恋愛話じゃない話を書こう!でも出来れば何か反応をもらえるようなお題で書きたいよ!と思った瞬間最初に浮かんだネタが「最近便秘で困ってる」で死ぬほど死にたくなった時の立ち直り方って何!
便乗といえばなんなんですが
ちょうど6つくらいの時に
自宅マンションのエレベーター内で痴漢にちんこ触られそうになりました
あの狭い個室の中で2人きり
じっとりとした淀んだ目だけを覚えています
今はさほどなんでもないんですが、男ですし
あの頃は恐ろしくて一人でエレベーターに乗るもいやで階段使ってた覚えがあります
14階だったのに
こないだ子供突き落とした男が同じ目をしてたんで
なんだかなぁと思ってたんですが
そういえば俺を触ろうとした彼も頭のおかしな人でしたね
そういう意味では普通の人に見えてロリコンよりもまだマシかもしれません
近寄らないだけで済むんですから
ま、なんにしても子供を食い物にする奴は死ね
「助手席が空なのが耐えられない、其のシートにあの娘がもう二度と座ることがないと思うと泣きたくなる」ので「車そのものを変えた」という話を知った。
私の感想。
相手は失恋中だ、と思い、変えたところで空では?と言いたくなるのをぐっと堪えていい加減に相槌を打ったのだが。
衝動に駆られるまま、何か大きな事・普段ならしないことを行うことで逃避したり仮初めの癒しを得たりする、というのは判るのだが、非現実的だったり非常識に過ぎる行動やというのは後々また自身を苦しめるのではなかろうか。もっと現実的な発散の手段を模索すべきだろう…
通称「ツマル先生」の話はいつもつまらなかった。
だけどツマル先生の授業は大人気だった。
なにかと騒ぐ男子も黙って聞く。目を輝かせて話に聞き入り、ノートを書いている。
ちょっとしたジョークにゲラゲラ笑う。ジョークじゃないとこでも吹き出す。
授業が終わったら5分休憩はいつもツマル先生の話題でもちきりだった。
「18回! 18回!」「違うって、20回だったって!」
ツマル先生は「つまりこれが」「だからつまり」「えー、つまり」とやたらつまりたがる先生なのだ。
今日も男子はツマル先生の口から出る「つまり」の数を凄い集中力で数えるのだった。
先生、「今年の1年生は目の輝きが違う」の正体はこれでした。ごめんなさい。
もうやばい、だめ、押しつぶされる。でもRSSになら私殺されてもいい。
SocialbookmarkとRSSのタッグは強力だわ。なんかこれを処理してるといい仕事してるなぁと思える。実際はネットから離れての実習も必要なのだけど。
ここって恋愛話以外は何を書くところだったっけ?
あるあるネタの小咄を書くところだったかしら。
あれは食べるものじゃないよ、と僕が言った。
「じゃあ、なんでフルーツを置くの?」と僕にもたれかかりながら問いかけが。
先に続けて言おうとしたことに感づいたのか、彼女はちょっとだけ顔をしかめた。
あの頃は、それが“ちょっとだけ”に見えてしまっていたんだ、僕には。
歌詞の意味がわからなくても良い曲は良いと思うんだけど
ただ、あの曲で使われてる言葉の語感が悪いと思う。
そーうかんかん、そーうあがれ、そーうかくご、かんたんだ
そらーううーおあーああー。
おあーとかううーとかそーうかんかん、とかボーカルの声と相まって
聞いてて突き抜ける感じがなくて、もやもや感が心に残る。
そしてそのもやもや感をイライラに転嫁させる最後のそうかんかーん。
それでもこの曲単体で聴いたらそれなりに聞ける場合もあるかもしれないけど、
そこまで極端でなくてもいいけど。