今日はもう陽も落ちていて、境内は暗く、いくつかある電灯の下だけが仄かに光っていた。
小さな神社なので、鳥居をくぐり2、3段の階段を上がると、すぐそこに賽銭箱があり、鈴があり、その奥に本殿がある。扉のガラス越しに見える本殿の中は、人はいないがいつも蝋燭が灯っている。
賽銭箱の前にはパックに入った稲荷寿しなどが置いてあることもある。
私はいつものように賽銭箱に10円を入れ、鈴を鳴らして合掌をした。以前は何か願うことが多かったが、今はただ無心に手のひらを合わせるだけである。
合掌を終えて帰ろうとしたとき、ふと下を見るとなにか動くものがあった。
見るとそれはセミの幼虫であった。裏返しになっていて、自分では起き上がれないようだった。危うく踏んでしまうところだった。
私はセミの幼虫をそっとつまんでみた。ぐったりとしていたように見えた幼虫は、私につままれると3対の脚をもぞもぞと動かした。
賽銭箱の横にある、本殿の庇を支える柱がちょうどいいと思い、近づくと、そこにはすでに先客が2匹いた。見るともう抜け殻で、羽化して飛び去った後のようだった。あたりでジリジリと鳴いている蝉の声は、ここで羽化したものかもしれないなとおもった。
周りをよく見ると、柱にも、賽銭箱の上にある注連縄にも蝉の抜け殻はたくさんあった。なぜお参りするときに気がつかなかったのだろうか。
この蝉たちはおそらく地面から出てきて適当な羽化場所を探しているうちに皆ここにたどり着いたのだろう。
私は注連縄の上の方に幼虫を引っ掛けた。幼虫はそのトゲトゲした大きな前脚を使ってゆっくりと登っていった。
その横では、背中を割り、今まさにセミになろうとしている個体がいた。
割れ目から出た身体を大きく下に反らし、今にも落ちそうな態勢をとりながら、エメラルドグリーンの綺麗な身体を乾かしている。
そのうちに羽が固まって飛べるようになるのだろう。
しばらく観察した後、あまり邪魔になるのもいけないので、神社を後にすることにした。
石の階段を下りて地面を歩くと、1円玉ほどの穴が地面に無数に開いていることに気がついた。地中にいたセミの幼虫たちが穴を開けて地面の外に出た跡なのだろう。どこか潮干狩りの砂浜で見た光景に似ていた。
何年もいた地中から這い出て、高いところへ登って、羽化して、飛び回ってミンミン鳴いて、今日はセミたちにとっては祭りのような1日なのだろう。