2018-07-20

anond:20180521175716

「好みのメンバーを集めてプレイ環境を整える」っていうゲームの外側の行為を、ゲームルール解決しようとするのが、そもそもの間違い。

ゲームプレイタイルについての論争」もまた、ゲームの外側であって、その解決ゲームルールに求めるのは間違い。

この件はパラノイアだけではなく他のTRPGタイトルにも見られるんだけど、日本人特有の「お上裁定主権白紙委任したい」「自分たち自己判断するという重圧から逃げ出して責任者に丸投げしたい」という欲動が、TRPGにおけるGMという裁定者の存在公式という存在に、悪い意味マッチしちゃって、トラブル解決権威依存してしまった。

(これに関しては、公式デザイナーたちも悪くて、ゲームデザイン上の手抜きや欠点を、GMという現場監督なすりつけている共依存存在する)

ともあれ、つまらないセッションも、トラブルも、参加者の共同責任だ。つまらないセッション存在人間関係上の手抜きから発生している。

記事への反応 -
  • TRPGパラノイアとそのルール解釈宗教論争で揉めてる話です。 まず自己紹介をすると僕は生粋ではないにしろTRPGが好きでパラノイアはTS版の出る前の第2版の頃から知っているプレイヤー...

    • 「好みのメンバーを集めてプレイ環境を整える」っていうゲームの外側の行為を、ゲームのルールで解決しようとするのが、そもそもの間違い。 「ゲームのプレイスタイルについての論...

    • まじでパラノイア一歩前

    • 窮屈な支配者に支配されるというのは実に再帰的なゲーム諧謔がきいてる

    • 秘密結社がある限りPvPは不可避じゃないの? みんな指令無視してるの?

記事への反応(ブックマークコメント)

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