最近受動喫煙により35分あたり1人が死んでいるという推計結果がネットをにぎわせている。
人の人生が80年だとすると人の一生はおおよそ4200万分となる。
そして35分間のうち不幸にも受動喫煙で死んでしまう確率を0.01%としよう。
すると80年間で受動喫煙により死んでしまう確率はおよそ100-7e-51%、つまりほぼ100%の確率で人は受動喫煙により死んでしまう。
一方35分あたり1人が受動喫煙で死ぬということは1年でおおよそ15000人が受動喫煙で死ぬということだ。
日本の人口が約1億人なので1年間に日本在住者の1万人に1.5人(2万人に3人)が受動喫煙で死んでいる計算になる。
再び人の人生が80年だとしよう。
すると80年間に一度もこの不幸な1.5人に選ばれない確率はおよそ98.8%である。
この二つの概算は極めて強い仮定に基づいており、はっきり言えばどちらも間違っている。
ただ1年間で受動喫煙で死んでしまう人が15000人であるということが正しいとすれば、35分あたり1人が受動喫煙で死んでしまうことと1年間で日本在住者の1万人に1.5人が受動喫煙で死んでしまうことはどちらも正しいことである。
このように日本の誰しもが遭遇しうることで、その発生件数がおおよそ年間1000から10万程度のことがらは、その多さを強調したければ何分あたりに1人がそのことがらに遭遇すると言えばいいし、少なさを強調したければ何万人に1人が遭遇すると言えばいい。
ただそれを聞いた我々が上のような概算を勝手にしてしまってそのことがらの多い、少ないを判断するだけである。
昨今はエビデンス重視の政策決定ということが盛んに叫ばれているが、そのエビデンスがどういった統計手法で算出されたものかもさることながら、どのように提示されているかということにも十分気を払わなければならない。
上の例のように、正しい数字を使いながら提示の仕方次第で人の意思決定や政策決定をいかようにも誘導できる側面があることを忘れてはならない。
でも1.2%って十分高くない?
屁理屈だろ タバコは臭いから嫌なんだよ ただそれだけだ
はいはい 喫煙者乙