2009-10-24

 それはキスではない




 同棲している彼女から求められる頻度が多すぎて、つらい。

 最低でも3日に1回。

 たぶん、毎日してほしいと思ってる。

 仕事が忙しくなって一週間に一度とかになると、とても怒る。

 恋人に抱かれるのは権利だなんて言われて、すがるような目で見られてしまう。

 そう書くと、ビッチとか言われてしまいそうだけど、外から見ると彼女はいたってふつうで、むしろ経験が少ないようにみえる。

 性格もとても素直で、気の利く優しい年上の人。

 そのうち結婚するのだろうと思っている。

 だから正直、拒むと別れ話を切り出されるのではと怖くなる。

 それに、こうなってしまったのは、ぼくのせいなんじゃないかと思っていて、それがどうしてももやもやと残って、苦しい。

 増田に、相談させてほしい。

 当方はプログラマーで25歳。

 プログラマーと言っても老舗の通販会社なので、いつもはそんなに忙しくなく、ときたまプロジェクトが佳境に入ると、泊まりが発生したりするぐらい。

 家はもともと実家だったので、お金にも余裕があった。

 彼女と付き合い始めたのは、一年ちょっと前から。

 仕事の関係で知り合って、なんだかんだで付き合うことになった。

 メールを何度もやりとりして、意気投合して、飲むことになった。

 ぼくはその彼女とつきあうまで、女の子と付き合ったことがなく、24歳までまったくの無経験

 なんとなくいい雰囲気になったことは何度かあった。

 ただ、ぼくは好きな人の前に出ると、どうしても恥ずかしがってそれを出すまいとしてしまうところがあって、それで女の子の方から脈なしと離れられてしまう、ということの繰り返しだった。

 感情を平静に保つ事だけは上手なようで、仕事ではその冷静さを買われていると思うときもある。

 バーで話して、付き合うことになった。

 あとで聞いたら、飲んで気が大きくなっていたらしく、彼女につれられるまま、渋谷駅のホームでキス

 もちろん初めて。

 なにかくちびるくちびるでスタンプを押すようなキスで、すごい違和感を感じた。

 そのままホテルに連れ込まれて初体験

 だけど酔っていたこともあって、なにかほんとうに流れ作業をしているような感じがした。結局、最後まで行くことができなくて、そのまま眠った。

 朝になって、

「何でこんな事になっているの?」

 と問い詰められて、さすがに抗議した。

 次に会って、キスをしたとき、ぼくは言った。

 いま思うと、これは言ってはいけなかったのかもしれないと、後悔してしまう。

 前の彼氏と5年つきあったという年上の彼女に言ってしまった。

「下手です。それはキスじゃない」

 ショックだったはずだと思う。

 カップルの何割かはそんなことを考えずにしているのだと思う。

 5年も経験のある2つ年上の彼女がそんなキスをしていたのだから、数だけ多いキス東京中に飛び交っているのだと思う。

 ぶつけるようなキス、重ねるだけのキス、かわいいだけのキス

 ぼくはハリウッド映画ばかり見ていたから、そのキスイメージしていたのかもしれない。スポーツ選手イメージトレーニングのようにキスが脳裏に残っていて、映画のようなキスが、ほんとうのキスだと、思っていたのかもしれない。

「もっとこう、触れるようにです。やさしく撫でるようにです」

 ちょっとやってみると彼女はすぐにコツをつかんだ。

 くちびるの合わせ方、触れ方、歯の使い方、舌。

 なんどもなんども試して、恍惚とするキスの仕方を二人で探した。

 キスはお互いのくちびるでお互いのくちびるを愛撫するものだから、二人の息が合わないとうまいキスができない。いやがる相手は自分を愛撫してくれないし、相手が乗り気でないときも、たいてい上手くいかない。

 だけどお互いキスをむさぼることに完全に合意をしていると、突然にそれは愛撫をむさぼるようなキスになる。

 二人で映画を見ながら、キスの仕方を研究していたときもあった。

 そしてやってみる。

 これはいい、これはわるい。

 一時期、マニアみたいな二人だったような気がする。

 身体の合わせ方も同じで、いろいろに研究するうちに上手くいくようになった。

 ただ、キスと違うのは、男の方が極端に冷静にならないといけないということ。

 よく、男性が女性の姿に興奮をしてしまい、その興奮だけで事を終えてしまうので、女性は気持ちよくなれないという話を聞く。

 これは当然のことで、その男性は性的頭脳的な興奮で事を行っているだけで、肉体的な快楽や興奮で行為を行っていないからだ。キスと同じようにお互いを抱き締め合わなければそれは得られないのに、脳だけで行っているからだ。

 気持ちがいいのは脳だけであって、身体ではない。

 やはりそれはキスではない、のだと思う。

「なにか肩もみのようだった」

 と初体験感想にショックを受けていた二人も、だんだんと上手く身体を合わせられるようになると、それに夢中になった。

 お互いに相手の気持ちのよいところを探し、それをむさぼり合っていく。

 もう真っ逆さまにそれだけになっていくようで、都内を泊まり歩いた。

 月に何泊もすれば、当然にとんでもない額が飛んでいく。

 たしかにお互いに上手くなっていくのだけど、会ってやることは結局それ。

 のめり込み、夢中になり、溺れていく。

 4ヶ月前に同棲を決めたのも、泊まり歩くお金よりも家賃が安かったからという理由でしかなく、同棲するようになって、仕事から帰ってきてすることも結局それだった。

 行為の最中は夢中になっている。

 終わってみると、なんて非生産的な事をしているのだろうと思ってしまう。

 それがよぎると、冷静になってしまう。

 これはとても空しいと。

 これはなにも生み出さないと。

 でも彼女は求めてくる。

 一週間に何度も、一時間も二時間も。

 男性に比べ女性の方が快楽が大きいというのもあるのだろう。

 足裏マッサージだって週1回ぐらいなのに、それを毎日してほしいと言う。

 休日だって、もっと健全な遊びがしたい。

 いくら一番お金がかからない遊びだからって、それに耽っているのは、なにか取り返しのつかない無駄をしているようにしか思えない。

 たとえば旅行でもいい。

 いまなら国内旅行よりも海外旅行の方が安く、信じられないぐらい安い値段で、よいホテルに泊まれる。台北3日間なら二人で6万円。都内を泊まり歩くならば、月一で海外旅行ができたはずなのだ。

 同棲を始めてしまい、遊び歩く余裕もなくなり、閉じこもる日ばかりが続く。

 同棲生活自体はそれほど不満でもなく、彼女ともけんかはするけれど、仲良くやっていると思う。仕事も、給料は安いけれど、そんなもんなんじゃないかと思う。

 だから、せめて月1ぐらいにならないのだろうか。

 どうしたらいいんだろう。

 週1でも過剰だと思っているのに。

 もし、出会った頃に戻れるのなら、あの言葉をいうのをやめるだろう。

 下手だなんて言わなかっただろう。

 上手くなる必要なんてこれっぽっちもなかった。

 ほんとうのキスである必要なんてなく、キスなんてうそで充分だった。

 その前に、酔った勢いで連れ込まれるのを阻止しただろう。

 あなたとしたいのはそんな事じゃない。

 あなたを好きになったのは、そんなところじゃないって。

 泊まるのに消えていったお金で、旅行だって、食事だって、観劇だって、いろいろな企画を立て合ってあちこちを遊び回る事だってできたはずなのに。

 愛し合うのは、別に結婚したあとだってよかったのに。

 なんで、こうなってしまったんだろう。

 なあ、増田、どうしたらいい?

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