はてなキーワード: キャプテン翼とは
これ暴言かもしんないけど書く。
美少女キャラを題材にしたポルノマンガやイラストが、これらを好むオタによる性犯罪を招くことは十分ありうると思う。
みんな文学や絵画の力をナメ過ぎ。
スラムダンクの影響でバスケを始めた奴、キャプテン翼を読んでサッカーを始めた奴がどれだけ居ると思ってる。その影響でプロになってる奴だって居るわけだ。
もちろんきっかけの一つに過ぎないわけだが、それでも凄い影響力だぜ?
それなのにマンガやゲームが、「悪い方向にだけ」作用しないっていうのは都合が良すぎる。創作物はそこまで万能じゃないよ。毒だってあるのだから、そこんところは見てみぬふりをしちゃいけない。
火の鳥は好きです。
プロゴルファー猿はそんなに好きじゃないです。
14歳は大好きです
漂流教室はそれほどでもありません。
明日のジョーは読んでません
あぶさんは読んでます。
沈黙の艦隊は5巻目でやめました。
ギャラリーフェイクはそこそこ好きです
ガラスの仮面はすごく面白かったです。
笑えるという意味でです。
フルーツバスケットは最初が一番面白かったです。
NANAは読んでません
画太郎さんの絵は好きじゃないです
マキバオーには泣かされました
ゆで先生とたまご先生の二人でやってるというのは本当でしょうか
キン肉マンは最初がつらかったです
キャプテン翼は全部読みました
後、昔のメガヒットって、どんなのがあったけ
らんまは未読、うる星やつらは既読、あだち充作品は全部読んでます
なんて素敵にジャパネスク。ぼくの地球をまもって。パタリロ。
うーん……
批判の仕方がマズかったかな。
まず、アメコミはつまらん。「袋小路」の一言で全てが片がつく。何年同じ事を延々とやってんだ。実際読んだ事はたくさんあるんだけど、台詞だけで全部を説明しようとするあのネームの切り方は、駄目だろう。日本式でいえば完全にボツだ。日本式じゃなくても、アレじゃ廃れる。台詞ばかりの小説を読まされてるようなもんだ。それもパンチ一発で普通の文庫本の半ページ使うぐらいしゃべってるんだから、アニメ版キャプテン翼レベル。そういう「不自然」な事をされると、物語の中に入っていけないんだよね。感情移入とか絶対無理。感情移入が出来ない以上、思い入れが出来ない。だから「文化」に至らない。
先に「日本式」と書いたが、これを文化の違い、なんて乱暴な言葉で片付けるな。日本人でさえ、マンガを読む側は知らないような、高度な知識と実験の積み重ねによって成り立ってるもんだ。これが成り立つ為に、ものすごい才能と資源が使われてる。そもそも日本人はマンガに命削る天才が多すぎる。それらが切磋琢磨して作った技術が日本には当たり前のように蔓延してる。
それを外国から見て、真似ても、結局根本には至らない。それは、日本でも、持込してる漫画家としてない漫画家の違いでもあるよ。プロの編集さんや先輩漫画家さんにそういった技術体系のノウハウを教わってるかどうかって事。そういった継承も無しに、単にマンガ読んだから漫画家になれるんなら、日本はプロの漫画家だらけだ。
あ、あと俺が前に書いた「日本漫画の信者はほぼ日本文化の信者」についてのレス無いけど、これすごい重要だと思うんだけどどうよ?
幼い頃、俺はキャプテン翼に憧れ、毎日壁に向かってボールを蹴っていた。友達と遊ぶことなど興味はなかった。ボールだけが友達だった。その様子を見ていた近所の少年サッカークラブのコーチに「サッカーが好きなら来てみないか」と言われた。まだ小学生にもなっていない俺にだ。彼は俺の才能に気づいてしまったのだろう。しかし悲しいかな。小学生低学年のチームを見学させてもらったが、あまりにも低レベル。ボールに子供が群がるだけのくだらない練習試合を見て、俺はグラウンドを後にした。
やがキャプテン翼熱も冷めてしまい、しばらくそのままでいた俺だが、中学校に入ると同時にやはりサッカー部に入部した。俺にはサッカーしかない。眠っていたその想いは揺るぎない事実として俺の芯で固まった。体力面の問題からレギュラーにはなれなかったものの、バレーボールでのドライブシュートを体得するなど、俺はすさまじいスピードで技術を会得していった。もしかしたら、自分の才能に恐怖を感じていたのかもしれない。それが原因かはわからないが俺はサッカー部を去ることになってしまった。
「本当にやめるのか」
「はい、お母さんが受験に集中しなさいって……」
「……もったいないなあ、センスあるのに」
そう言って顧問は俺の退部を惜しんだ。だが、俺はもうサッカーから離れるべきだと感じていた。勉強をしなくて母親に怒られたからではない。俺自身の才能の恐ろしさゆえだ。
高校以降、サッカーにほとんど関わることはなかったが、俺の才能は日常生活でも黙っていてはくれなかった。たとえば文化祭の準備のとき。廊下に出したテーブルで他の生徒がピンポンをしていた。ラケットはスリッパだ。
「おい増田、次やろうぜ」
「・・・ああ」
そういって俺はスリッパから足を抜いて浮かせ、胸元まで蹴り上げて素早く掴み取った。
「いつでもいいぜ」
何気ないことだ。しかし……
「あはははははははは!」
それを見ていた女子が狂ったように笑い出した。驚いた。俺にとっては当たり前の一連の動作。しかしそれは何の罪もない女子生徒を狂わせてしまうほど、恐ろしく高等な技術だったのだ。サッカーの神様・ペレが、俺の中にいるのではないか。スピリチュアルにそう感じた。しかし……サッカーの技術は封印しよう。そう心に決めた。
だがしかし、人生は長い。咄嗟の瞬間にはそれを忘れてしまうこともある。大学生のときだ。後輩がサークルの部室の鍵を投げてよこした。だが、コントロールが悪い。俺の手前で落ちようとするその鍵を俺は蹴り上げ、2、3度リフティングして手元に収めた。
「うぉっ、先輩すっげ!」
後輩はバカだから助かった。俺の才能に気づかず、ただ驚くだけで済んだ。思えばこれは幸いだった。
以降、俺は足技を本格的に封印する。時折俺の中のペレが騒ぎ立てるが、俺は耳を貸さない。ペレ、いやペレ以上のサッカーの才能というのは、ときに人を壊してしまうのだ。
だが先日、俺はまたペレの存在を思い出すことになる。会社の飲み会の帰りだ。みんな楽しく話している輪になかなか入れなかった俺はむしゃくしゃしていた。凡人どもめ……。俺が才能を隠しているから無事でいられるのに……。そんなことを考えていたら、目の前に小さな立て看板があった。恥ずかしい話だが、俺はそれを蹴飛ばした。だがしかし。蹴ったものの、看板は全く動かなかった。地面にガッチリと固定されていたのだ。ああ、サッカーの才能がない人間なら、何の問題もない。だが俺は、ペレの生まれ変わりだ。足に走る激痛。骨が、折れていた。くそっ、忘れていた。俺の脚力はこんなにも常人離れしていたか。後悔しながらも、俺は空に向かって叫んだ。
「サッカーの神よ!なぜ私にこんな才能を与えたのです!なぜペレの魂をそのまま眠らせてやらなかったのです!」
実際は叫ばなかったが、心の中で繰り返した。
小学生というものは、何処までも呆れるくらい純粋で、その単純機械のような純粋さで、
時にトンボの羽を毟ろうとして、本体を真っ二つに裂いてしまう生き物である。
そんな小学生の直情、短絡的な行動原理に基づいた無邪気に人を傷つける行為は、
「あだ名」に集約されていたかに思われる。
顔が四角くて、テンパだった女の子はクラスの悪ガキに「ペヤング」というあだ名が付けられていたが、
此れなどは、今思えば彼女の人格形成に深刻な影響を与えたかも知れない。
そんな即効直球ど真ん中ネーミングの犠牲者が居た。
私の小学生時代のオフィシャルな格好はジャージであったのだが、このジャージ、油断をすると
(例)
スーパースター→スペース・スター
プーマ→ピューマ
全く、今もってもそういうのが何処で売っているのか不思議なほど、
この偽ブランドや訳の分からんメーカーのジャージの持ち主は、粛清の対象となっていた。
そんな中、「ピューマ」を着てしまった者が居たのである。
それはプーマと比べると、全体的に細かったり、尻尾の向きがおかしかったりする、紛れもない「おかんジャージのピューマ」であった。
しかしながら、このピューマジャージの悲劇は、その持ち主の名前が「星」だったことに極まれる。
「星ピューマ」
魑魅魍魎うずまく小学生の脳髄に、この間抜けな語感は十分すぎるほど響いた。
かくして、ドッヂボールの達人だった星君は、真正の「アディダス帽」を被り、
キャプテン翼の若林君を気取るまでの1年間はこの不名誉な名前をいただき続けたのであった。
実に20年近い歳月を経て、このネット上に本名を晒された星君は、
昨今のコピー商品の蔓延を訴える格好のキャラになれば良いと思ったが、
良く考えたら「偽者、かっこ悪い」と云う人間が「星ピューマ」であったら、お前がコピーやんけという誹りを免れず、
結局、星君は何で本名をさらされたのかということになり、此処に世の中に数多ある哀歌が一つ増えることとなるのである。