2024-08-07

「行けるところまで登れればいい」か…。

平出和也のK2西壁遭難と20年前の想い出|大石明弘

まるで濁流を渡渉しようとするようなものなんだろうな。

山に登らない人々までもが、彼らの挑戦に心を打たれ、日常生活を進めるエネルギーに転化していた。もちろん彼らと同じように、私も平出に影響を受けていた。

そういえば、俺は誰かの挑戦に心を打たれたりしたことがないな。

かっこよさに憧れはしても、自分日常生活を進めるエネルギーになったことがない。

誰かの挑戦をみて、よしがんばろうと思う気持ちって、そもそもよくわからない。

しろ、がんばろうと思うときというのは、自分を育ててくれた先人を思い出すときだ。

自分の両親であったり、会社上司であったり。

自分がかつての親と同じ年齢になったとき、亡くなった父のすごさを思う。

それは憧れとも違うし、親父の歩んだ道をたどって登る、岩登りの言葉でいえば、セカンドで登っていく感覚に近い。

親父はここを乗り越えてきたんだな、そしてここからは息子よトップで登れ、という感覚

日常生活を進めるエネルギーというと、俺的にはそういうイメージ

それに対して、憧れのクライマーが何か偉業を成し遂げた、無念に死を遂げた、というインパクト

アイドルへの思いであって、自分人生に引っかかるようなところがあまりない。

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