日本の言論の自由の問題、
混沌をどう扱うかという問題が並立している気がする。
発展は、さまざまなバリエーションが生まれて、それが本体に統合されていくことで達成される。
このバリエーションが生み出されるのが混沌の力。
混沌なしに前進しようとしても、そういうことはできない。
成熟期になると、バリエーションが生まれなくなり、または幅が狭くなり、本体が洗練される。
そしてだんだん変化できなくなり、衰退期に入っていく
これを恐れて、自由にバリエーションを作る権限を保障したものがものが、
言論の自由だと思ってる。
だから反本流的思想とされるものは、混沌の生み出すエネルギーとしての機能が期待される。
混沌を殺してエネルギー源を取る仕組みを作るのは比較的容易だが、
混沌を良い状態に保つのは難しいと思う。
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