兄が見舞いにきた。
「まさか下痢だったとはな」と兄が言う。俺は「すみません。なかなか言い出せなくて。」というと兄は一言「そうか。」といったきりだった。
兄はいつでも寡黙だ。寡黙だけどいつでも俺のことを見ていてくれた。兄との間にただ静寂がある。
「パパ!おじさん!」と大きな声で亮太が病室に入ってくる。兄は亮太には甘い。子供の頃でも俺が数回しかみたことない笑顔を浮かべて「亮太、大きくなったな」と抱き上げる。
しばらくは亮太が病室にいてくれたおかげで暗い雰囲気を引きずらなくてすんだ。
兄が帰る時、「確かに俺はおまえに優しくなかったけど、何かあったら頼ってきてくれ。」と声をかけて出ていった。
違うんだ、兄さん。兄さんがいつでも俺のことを気にかけてくれてたのは知っている。だから、今回も言いづらかった。
そう思ったが、声が出なかった。
視野も狭い。自分に見える範囲の人だけしか気にかけることができなかった。
兄はそんな自分を戒めに来てくれたのかもしれない。