とあるブログで「嫌われる勇気」についての感想を読んだ。「嫌われる勇気」は「嫌われても気にするな」という話とはかなり違うのだが記事を書いた人はどうやら理解していないように見えた。「嫌う人たちはどうしても出てくるのだから気にしない」「僕たちは嫌われたって問題ない」「むしろ積極的に嫌われよう」と主張していた。いやいやいや……何を言ってるの。他にも「嫌われる勇気」は承認欲求を実質的に否定しているのだが、その人はブログでさんざん承認欲求の重要性を時、それを肯定する話をしている。
そして、それに対してお仲間たちが「そうだそうだ」とブクマして盛り上がっている光景。なんだこれは……。沢山の人が集まって「嫌われる勇気」の話をしているのにその誰も「嫌われる勇気」をちゃんと読んでいないどころか、間違った形で理解し、間違った「嫌われる勇気」のイメージを共有し流布しようとしているようにみえて、私はちょっと嫌だなあと感じた。