2015-09-29

http://omocoro.jp/kiji/64616/

この哲学的ゾンビ漫画がたんなる哲学的ゾンビ紹介漫画ではないと思うところは、

桃髪の女の子感情移入したり共感したりして読むときには、

自分哲学的ゾンビになることを想像させられるところだな。

ふつうは(?)他人哲学的ゾンビであるかどうかについて考えるんだろうが、

自分哲学的ゾンビになって、基本的にはほとんどの人間には意識があるってところも

たんなる哲学的ゾンビ紹介漫画とは言えないところだろう。

もちろん自分哲学的ゾンビになることを好ましいと思う人がいるかどうかとかもそうだろう。

哲学的ゾンビにピンとこない人も結構いるようなんだが、

哲学的ゾンビってのは他我問題をそこそこは知っていて、

他人意識とかあることをかなり強く信じてるとしても(信じてなくてもいいが)、

たかだか信じられることであって、

科学の前提にはなるが、それを科学方法で確かめることはできないとか

潜在的に思い続けている人には当然のこととして把握できることなのだろう。

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