我が城の近くにコンビイニエンスストアと云ふ物が出来たらしいので番犬の八兵衛と共に向かふことにした。私はもう還暦を過ぎてゐるのだが、八兵衛の方はどうやら犬の齢で言へば八十を超へるやうだ。なるほど、顔のつくりも私と比べて酷くだらけてゐて、例へるなら鯰のやうな、はたまた相撲取の乳房のやうになつてしまつてゐる。息子たちが親元を離れ寂しくなつたとき偶然八兵衛と出逢ひ、家へと持ち帰つた時はそのやんちやぶりに手を焼いたものであつたのに、今はその面影もない。なんとも言ひ難い哀しさを覚へつつ、身支度をはじめる。
ーーーさあ、行かう。八兵衛に首輪と紐を付けやうとするのであるが、なにせひさびさの散歩であつたのでなかなか思うやうにいかぬ。視界が淀んでゐるやうな、或は手がふるへてゐるのか定かではないが、私もいよいよ人の助けを借りねばならぬ齢なのかも知れない。
ーーーどのくらい時間が経つただろうか。八兵衛が既に諦めたやうな、さあ居眠りでもしやうかといふ眼をしていたころ、やうやく首輪を付けることが出来た。幸い、コンビイニなるものは不眠不休で営業しているらしいから、心配は無用だ。もはや荷物と化した八兵衛を引っ張って玄関に向かふ。にわかにコンビイニと云ふものが愛らしくなつて私自身活き活きとしてきた。
外はもう暗かつた。明るひ部屋から出てきたのでいつそう暗く感じられた。八兵衛は息を吹き返したやうに電柱に恋してゐた。
続く