仕事の移動中にチェーンのコーヒーショップに入り、エスプレッソを受け取って適当な席に着くと、斜め前のテーブル席におそらく夫婦であろうおじさんとおばさんが座っていた。50-60ぐらいだろうか。おじさんはなかなか大きな体をしていた。
しばらくしておじさんが席からカウンターに向かって「すみません」「ちょっと」などと声をかけ始めた。
カウンターの店員はなかなか気が付かない。そもそもセルフサービスの店なので、店員からすれば席についている客から呼ばれるなんて思いもしないだろう。
わがままな客が店員を呼びつけて「お冷」とか言うのかなあとか思ったりしつつ眺めていると、ようやく気が付いた店員が何事かとカウンターから出てきたところで、おじさんは「そこ開いてるよ」と喫煙ルームの扉を指さした。
自動扉ではない扉なので利用者が閉めないと開きっぱなしになるのだ。空調が良くできているのか、特にタバコ臭いということもなく私もその近くにいたにもかかわらず気が付かなかった。
おじさんは怒った風ではなく、特に忙しいわけでもなさそうな昼下がりのコーヒーショップの店員に「ちょっと言ってみた」というぐらいのいたずらっぽい感じで、奥さんらしき女性も笑って「そんなこといちいち」などと言っている。その二人の雰囲気に飲まれたのか店員も「自動扉じゃないので。すみません。」と笑って答えていた。
店員が扉を閉め、おじさんに向かって「ありがとうございました。ごゆっくりどうぞ。」とにこやかにカウンターに戻っていく姿を見届けて、ふんわりした気分で店を出た。